『地球の歩き方DS 上海』の基本データ
中古で買った1本を夜になってから引っぱり出した。2007年にスクウェア・エニックスが出した旅行ガイドソフトである。遊ぶためではなく現地へ持っていくために作られていて、カセットのラベルには上海・杭州・蘇州と’07-’08の文字が入っている。

| タイトル | 地球の歩き方DS 上海 |
| 機種 | ニンテンドーDS |
| 発売日 | 2007年12月13日 |
| 発売元 | スクウェア・エニックス |
| ジャンル | 旅行ガイドツール |
| 当時価格 | 2800円+税 |
メインメニューには案内・情報・地図検索・お気に入り・スケジュール・アクセサリゲーム・設定が並ぶ。ほかに旅のモデルプランと料理&名物ガイドの画面がある。名所やホテルやレストランを検索し、地図で場所を確かめ、行きたい店をお気に入りに入れて日程に組み込む。それが全部だ。
20年前の上海をいまから歩けと言われている。
果たしてこれをレビューできるのか。電源を入れる前からそこが今日の課題だった。攻略も難易度もクリア時間もない。あるのは20年前の店の住所と電話番号だけである。
杭州を広州と読んだところから始まった
オープニングで観光地の写真が次々に流れていく。どれも見たことがない。上海には2010年の万博に行ったことがあるが、あのときは会場にいただけで街のほうはほとんど回っていない。だから流れていく建物のひとつひとつに心当たりがなく、そのうえ20年前の写真なので、いま行ったところで同じものが建っているのかどうかも分からない。
タイトルをよく見ると上海の右に小さく2つ都市名が添えてある。杭州と蘇州だ。私はこれを長いこと、広州だと思って眺めていた。中国の地名くらい漢字で見当がつくと思っていた人間の第一手がこれである。
メニューの下では細長いシルエットの人物が歩いている。旅の高揚を表しているのだろうが、痩せた胴に、開きっぱなしの口が1つ付いていて、それが延々と往復する。あの体型で口だけ開いたまま歩かれると落ち着かない。
126件の店名が、読めないまま並んでいる
地図検索から目的で探すを選び、食事に絞って上海で検索をかけた。126件出た。
店名が縦にずらりと並ぶ。読めない。中国語の店名にふりがなが振っていないので、目が漢字の上をつるつる滑っていくだけで、1件も頭に入ってこない。ふりがなを振ってほしいと20年遅れで頼んでいる自分がいる。1件開くとそこで初めて読みが出てきて、住所と電話番号と営業時間が続き、写真が1枚載る。
1件開いて、戻って、また1件開く。この往復が効かない。雑誌なら見開きで20軒くらいが一度に目に入り、写真の大きさと囲みの太さで店の格が分かる。力を入れた店ほど大きく載る。どこを推しているのかが大きさと位置で伝わり、そこを起点に隣を眺め、気になった1軒で指が止まる。あの大小そのものが情報だったのだと、店名だけの一覧を上から下まで眺めて初めて気がついた。
どれに関心を持てばいいのかがさっぱり分からない。当時1000円ちょっとで買えた紙の1冊のほうが1度に入ってくる量は多いし、めくる速さでも勝っている。20年前の検索と20年前の画面にそこまで求めるのは野暮だと分かっていても、現地でこれを開いて店を決めている自分の姿はどうしても像を結ばなかった。

衡山路のアラビア料理店に、20年後の私が検索をかける
その126件のなかから適当に1軒選んだ。一千零一夜。地下鉄1号線の衡山路駅から徒歩2分、日本語なし、英語あり。在住アラブ人とともに食事とショーを楽しむ、と書いてある。そして画面の下のほうに、URLが載っていた。

載っているなら生きているかもしれない。スマホにそのまま打ち込んだ。
アダルトなページが出た。
やばい。夜中に1人で、20年前のガイドブックの言うとおりに歩いていたら妙な場所に着いた。ドメインというのは持ち主が変わる。変わったあとで何に使われるかまでは、2007年のスクウェア・エニックスにも地球の歩き方編集部にも分かるわけがない。悪いのは20年後にそれを律儀に叩いた私である。

店名のほうで検索し直した。今度はちゃんと出てきた。写真は客ばかり映っていて料理があまり分からないが、1人あたり250元から300元とある。いまのレートなら6000円を超える。毎晩ベリーダンスがあるとも書いてあった。20年前のソフトに載っていた店が、名前を変えずにまだそこにあるらしい。
この15分がこの日いちばん楽しかった。名前を打ち込み、地図の位置を確かめ、営業しているかどうかを人のクチコミから読み取る。20年前の1行を手がかりに、その店がまだ立っているかどうかを現在の検索で確かめる。ソフトの外で起きた遊びだが、この1本がなければ一千零一夜という店を私は一生知らないままだった。
2009年12月より先の予定は、書けない
スケジュールを開いた。旅程を組む機能である。カレンダーを先へ送っていくと2009年12月で止まった。そこから先の日付には何も書けない。
2年しか用意されていない。ガイドブックは毎年改訂されるものだから、2年先まで使わせる前提で作る理由がそもそもない。責める話ではない。ただ、賞味期限が最初から機能のなかに埋め込まれている道具というのは、ゲームのほうにはあまり無い。
そこで思いついて、前の持ち主の痕跡を探した。中古で買った1本である。誰かが上海へ行く前にここへ予定を書き込んでいたなら、その日程がまだ残っているはずだった。
何もなかった。スケジュールは空。お気に入りの登録は0件。メモも0件。アクセサリの歩き方クイズは全問にNEWの表示が付いたままで、1問も遊ばれていない。
このソフトは上海へ行っていない。買った人がいて、電源を入れた形跡はあって、それでも旅立っていない。電源を入れ、メニューを一周し、カレンダーを送ってみるところまでは前の持ち主もやったのだろうが、そこから先へは進まなかったらしい。あるいは初期化されたのかもしれないが、初期化するくらいなら普通は箱ごと売る。空っぽの予定表を眺めながら、私はこの子の20年をなんとなく想像していた。

1元15円のままの財布
アクセサリには電卓が入っている。現地で値段を計算するためのもので、レートが最初から1元15円で設定されていた。2010年に万博へ行った頃はたしかにそのくらいだった記憶がある。
いま調べたら1元は24円近い。2026年7月の平均で23.99円だから、20年で1.6倍だ。円が弱くなったという話を私はニュースの数字で何度も聞いてきたが、20年前の電卓に触って初めて手で分かった。同じ250元が、当時の設定なら3750円で、いまなら6000円を超える。当時の設定のまま計算を続けていたら、私は現地で財布の中身を1.6倍に見誤っていたことになる。
クイズのほうも遊んでみた。中国で使われている紙幣で最も金額が大きいのはどれか。ビザなしで滞在できるのは何日までか。中国のホテルは何ランクに分類されるか。1875年より前のアンティークは国外へ持ち出せるか。知らねえ。わかりまへん。声に出しながら選択肢を押していく。成田から上海までのフライトが約3時間半というのと、上海の空港が浦東と虹橋の2つというのだけは分かった。
正解率は出ない。スコアも残らない。当たっても、外れても、次の問題が出るだけである。いま通用するのかどうかも分からない知識だけが、何にも結びつかないまま増えていく。スライドパズルは観光地の写真を9枚に割ったもので、選んだ水族館の絵が青一色でまるで区別がつかず、動きだけはやたら滑らかだった。BGMは全編で1曲きりだ。イヤホンをして遊んでいたのに、途中から脳が音を遮断していて、気づいたら何も聞こえていなかった。
総評
ゲームとしての面白さは無い。スライドパズルとクイズが付いている程度で、そこを膨らませる気は最初から作り手のほうに無かったはずだ。上海へ行く人が現地で使う道具として作られていて、それ以上のものを求める筋合いもない。もしこれを任天堂が作っていたら遊びのほうへ寄せた1本になっただろうとは思うが、それは別のソフトの話である。
いま価値があるとすれば資料としてだ。2007年の上海の店の名前、住所、電話番号、1人あたりの予算、地下鉄の駅からの徒歩分数が、丸ごと1本に閉じている。当時の値段で、当時の営業時間で、当時の駅からの距離が並んでいる。20年前の雑誌はもう手に入らないが、これは中古屋でかなり安く転がっている。当時の上海を歩いた人が自分の記憶と突き合わせるにはちょうどいいし、子供の頃に攻略本を意味もなく読み返していたような読み方をする人間なら、ここから海外のほうへ意識が向く入り口にもなり得たと思う。
推奨アクション: 上海旅行の役には立たない。2007年の上海が知りたい人向けだ。まず手持ちのDSか3DSが起動するかを確かめて、それから中古を1本探すといい。届いたらスケジュールとお気に入りを開いてみてほしい。前の持ち主が旅立っていたのかどうかが、そこで分かる。
私の1本は空っぽだった。そして私もこのソフトを上海へ連れていっていない。予定表は今日も2009年12月まで真っ白のままである。
いま『地球の歩き方DS 上海』を遊ぶには
中古で探すなら、下の4つから。

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