テトリスDSの基本データ
任天堂が自社で作ったテトリス、と言えばだいたい話は済んでしまう。落ちてくるのはいつもの7種類のテトリミノで、揃えれば消える。ただし上の画面ではマリオが走っている。
| 発売日 | 2006年4月27日 |
| メーカー | 任天堂 |
| 機種 | ニンテンドーDS |
| ジャンル | パズル |
| 当時価格 | 3800円 |
収録モードは6つ。スタンダード、プッシュ、タッチ、パズル、ミッション、キャッチ。ゲームシェアリングを使えばソフト1本で最大10人まで対戦でき、当時はニンテンドーWi-Fiコネクションで最大4人の世界対戦もできた。上画面と背景には『スーパーマリオブラザーズ』『ゼルダの伝説』『メトロイド』『ドンキーコング』『バルーンファイト』『アイスクライマー』といったファミコンの面々が出てきて、BGMもそれぞれのアレンジが流れる。
20年やって、まだ理解していない技がある。
『テトリスDS』のレビューを書こうと久しぶりにDSを開いて、最初に思い出したのがそれだった。Tスピン。T字のテトリミノをくるりと回して、本来なら入らないはずの隙間にねじ込む、あれである。ダブルだのトリプルだのという名前を初めて知ったのが、このソフトだった。
そして2026年のいま、まだピンときていない。
テトリミノは20年、私の言うことを聞かない
言い訳をさせてもらうと、あれは物理法則に逆らっている。斜めに滑り込む。壁を蹴る。落ちるはずのものが、落ちる直前に横へずれる。理屈で納得したいのに、目が納得しない。20年近く、その違和感だけを律儀に抱え続けてきた。そろそろ慣れろ、と自分でも思う。
だから当時の私の戦法は単純だった。まっすぐの棒を待ち、右端を1列空けておいて、4列まとめて消す。それだけ。4列消し一本槍である。Tスピンで小さく速く殴る同世代を横目に、私は律儀に4段積んでは棒を待っていた。待っている間に負けることもあった。

唯一、整地のいらないTスピンシングルだけは使えていたような気がする。気がする、というのは記憶が怪しいからで、証拠は何もない。20年前の自分の腕前について、私は自分の証言しか持っていない。裁判なら負ける。
それでも勝てた。ここが『テトリスDS』の面白いところで、Tスピンという新しい攻撃手段が入っているのに、古い戦い方を捨てなくても戦線に立てる。理解していない技が場にあることは、負ける理由にならなかった。理屈がわからないまま、指だけが先に置いている。
敵は、上にいる
『テトリスDS』の対戦で、いちばん気持ちよかったのはプッシュだ。互いの陣地を上下からブロックで押し合う。消せば押せる。押されれば減る。押し合いの綱引きが、そのまま画面の上下方向に可視化される。
これは2画面の使い方として、かなり理にかなっている。落ち物パズルは、そもそも上から下へ落ちるゲームだ。プレイヤーの視線も上から下へ動く。その延長線上、つまり自分の視線が最初に通過する場所に相手の盤面がある。見るための移動距離がほぼゼロなのだ。
比較対象を出すと、ぷよぷよになる。長く触ってきた身として言うが、あれは相手が左右にいる。上下に落ちるものを見ながら、横方向へ視線を飛ばす。本格的な対戦になるとこれが本当に難しくて、できない人は多分一生できない。私もできなかった。連鎖を組む難易度が数段高いうえに、視線まで横へ振らされる。
その点、テトリスは組む難易度が比較的低くて、視線移動も楽だ。DSの2画面という妙な形をした画面を、押し合う対戦にそのまま流用してみせた。この一点だけで、『テトリスDS』は他のテトリスと違うものになっている。
クッパが強えんよ、クッパが
対人戦の機会はほとんどなかった。DSを持ち寄って向かい合う、という遊び方は、私の生活には縁がなかった。ソフト1本で10人まで遊べる機能が入っていても、10人集まらなければ意味がない。
そういう人間のために、VS COMがある。相手はマリオの敵で、5段階。クリボー、ノコノコ、トゲゾー、ジュゲム、そしてクッパ。
ジュゲムの時点で、もう手ごわい感がある。そしてクッパが強い。強いというか、勝てるときと勝てないときが、きれいに混ざる。完封されるわけではない。かといって安定して勝てもしない。この配合が絶妙で、負けたときに「もう1回」と言わせる濃度に正確に調整されている。
私が思い出せる限り、歴代でいちばん強いクッパかもしれない。マリオの世界のクッパはたいてい、最後に決まった手順で沈む。テトリスのクッパは沈まない。こちらのミスをきちんと待っている。
難易度というのは、高いか低いかで語るものではないと思っている。そのゲームが掲げたコンセプトと噛み合っているかどうかだ。1人用のテトリスは、本来ミスするまで終わらない自己記録のゲームである。そこに「勝ったり負けたりする相手」を置いたのだから、勝率5割前後で拮抗させるのが正しい。クッパはその役を、20年経っても淡々とこなしている。

当時はニンテンドーWi-Fiコネクションもあった。ネット対戦が普及し始めた頃で、あれには素直に未来を感じた。任天堂のソフトは遊んでいる人が多いから、いつ繋いでも相手がいる。安定して対戦できるというだけで、当時はかなりの贅沢だった。そこそこのレートまで行った記憶があり、数字は忘れた。自己満足の記憶だけが残っている。サービスは2014年5月20日に終わっているので、いまその自慢を検証する手立てはない。都合がいい。
見る余裕のない画面に、なぜマリオを置いたのか
『テトリスDS』でいちばん語られるのは、たぶんこの部分だ。プレイ中、盤面ではない側の画面でファミコンのゲームが動いている。マリオが走り、ゼルダのリンクが歩き、ドンキーが樽を投げ、バルーンファイトの風船が浮かぶ。BGMもそれぞれのアレンジで流れる。
ずるい、と思う。テトリスはもともと、任天堂のものではない。ブロックの形にも配色にも任天堂らしさはない。それなのに、画面の端でマリオを走らせただけで、任天堂のゲームの顔になってしまう。これを思いついた人は、いったい何から着想を得たのだろう。ゲームセンターで、自分の台の隣で延々とデモ画面が流れている、あの感じだろうか。
音楽も面白くて、テンポがパズルの緊張感に合うよう詰められているように聞こえる。マリオの曲を聞いているのに、頭の中ではテトリスが積み上がっていく。ゲームボーイ版テトリスの終わりの曲が流れたときの、記憶を引きずり出される感じ。あれは効く。ヨッシーのクッキーもテンポが速く感じた。バルーンファイトはそもそも原曲の記憶が怪しいので、比較する資格がない。
そしてここで白状しなければならないことがある。
忙しくなると、見ていない。
クッパと押し合っている最中に、上でマリオが何をしているかを確認する余裕は、私には1ミリもない。にもかかわらず、記憶の中の『テトリスDS』は完全にマリオの色をしている。ゼルダもドンキーもバルーンファイトも同じだけ出てきていたはずなのに、思い出す景色はマリオ一色だ。見ていないのに、刷り込まれている。目の端に置くだけで印象を持っていく設計というのが、たぶん本当に強い。

コンテンツを大事に持っている会社の強み
よくもテトリスだけで6モードも作ったものだ、というのが当時の感心だった。棒を積んで消すという1つのルールを、押し合いにし、タッチ操作にし、決まった手数の詰め将棋にし、指令をこなすミッションにし、くっつけて消すキャッチにする。テトリスの側の懐の深さもあるが、これはやはり作り手の仕事だと思う。
そしてこの押し合う対戦のノウハウは、たぶん後の『テトリス99』に繋がっている。2019年2月14日にNintendo Switch Online加入者向けに配信された、99人で殴り合うあれだ。相手の盤面が見えていて、送り合って、生き残る。あれも面白い。
任天堂がこういうソフトを作れるのは、単純に持ち札が多いからだ。しかも大事に育てて手入れをしているから、20年前のキャラクターをいまも当たり前に出せる。『ファミコンリミックス ベストチョイス』のようなレトロ集も、バーチャルコンソールのような配信も、同じ地面の上に立っている。コンテンツが資産になっている、というのはこういうことだと思う。
ちなみに私は、このソフトを一度手放している。そしていま、また手元にある。なぜ売ったのか、理由がまったく思い出せない。もうやらないと思ったのか、高く売れると踏んだのか。どちらにせよ判断を誤っている。

総評
★★★★☆(4.5)/2画面を対戦の形に落とし込んだ設計と、勝ったり負けたりを20年維持しているクッパ。この2つだけで、いまDSを開ける価値がある。
推奨アクション: まずDSか3DSが起動するかを確認して、充電器を探すところから。Wi-Fi対戦はもう繋がらないので、遊ぶのは1人用とVS COMとなる。それで十分足りる。テトリスDSは大人でも楽しめるか、という問いなら、むしろ大人のほうが1回の対戦の短さをありがたく感じるはずだ。当時を知らない人には、上画面でマリオが走っている光景をとりあえず一度見てほしい。
20年、Tスピンの理屈はわからないままだ。わからないまま今日も4段積んで、棒を待っている。上ではマリオが走っているらしい。今日も見ていない。
いま『テトリスDS』を遊ぶには
中古で探すなら、下の4つから。相場はおおむね380〜900円台(2026年8月6日時点・駿河屋)。


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