空に丸を描くだけだ。——『大神伝 ~小さき太陽~』を私が置いたのは、下手だからではない

アクション

『大神伝 ~小さき太陽~』の基本データ

大神伝 小さき太陽 のレビューを書くつもりで、中古で買った1本を引っぱり出し、夜のうちに電源を入れた。2010年のカプコン作品で、PS2で出た『大神』の続編にあたる。主人公は前作の主役アマテラスの子で、名前をチビテラスという。

大神伝 小さき太陽 DSカセット
タイトル大神伝 ~小さき太陽~
機種ニンテンドーDS
発売日2010年9月30日
発売元カプコン
ジャンルアクションアドベンチャー
当時価格4800円+税

売りは「筆しらべ」である。タッチペンで画面に絵を描くとその絵がそのまま世界のほうへ効く。空に丸を描く。横に一直線を引く。描いた形に応じて世界のほうが動く。前作から続く看板の仕組みで、本作はそれを、DSの2画面とタッチペンのほうへ載せ替えている。物語は前作の平和から9カ月後に始まる。難易度は最初に「一人前」と「ヒヨっ子」の2択で選ばせてくる。

空に丸を描け。言われたことはそれだけだった。

私はそれに、5回ほどトライした。

9カ月前の話を、私はまだ聞かされている

前作を私はほとんど遊んでいない。名前は知っている。評判も知っている。触ったのは本当にほんの一部分で、あれを遊んだと言うには、胸を張れる持ち時間ではない。話の筋を知らない側の人間にとって、ここで語り直される9カ月前の出来事は、初めて聞く昔話とほとんど変わらない。だから冒頭のおさらいはこちらに都合がよかったはずである。

長い。

首を切り落とされても邪悪な魂は滅びなかったという調子で語りが続く。話の中身が退屈なのではない。動く量が少ないのだ。同じ絵柄の画面が文章の分だけそこに置かれている。DSの小さい画面で長い語りだけが流れていく時間はこちらの手をどこにも置かせてくれない。退屈だなと声に出したのは、話の中身にではなく、動かない画面のほうに対してだった。

アマテラスが旅立って9カ月後。ようやくプロローグらしきものが終わり、語りが引き、こちらの番が回ってきた。ここまでで、私が普段ゲームに使っている隙間時間なら1回分がもう終わっている。

丸である。ただの丸だ

筆しらべの入り口は丸だ。暗い空へ画面を向けて、タッチペンを当てて、そこにぐるりと1本の輪を描く。日が昇る。理屈も操作もこれ以上簡単にしようがない。

描いた。今度はほぼほぼ完璧な丸が描けた。

何も起きない。

もう1回描く。今度は大きめに。起きない。小さめに。起きない。空に丸を描けばいいだけだろうがと画面へ向かって言っている自分がいて、その言葉の途中でまた失敗している。やれとるがな。サイズが違うだけでこれか。判定がむずいわ。ペンを持ち替え、左手の指で直接なぞってもみたが、画面はうんともすんとも言わなかった。指でも描けるのは親切な作りだと思う。思ったところで、描けない事実のほうは1ミリも動かない。

あとで公式のサポートを見に行ったら、よくある質問の並びに、まさにその項目があった。筆しらべに失敗してしまいますという質問である。丸は書き始めと書き終わりを繋げてくださいと書いてある。線が途中で途切れると失敗になるとも書いてある。描き終わりと描き始めが繋がっていないという一点だけで、私の丸は5回ぶんまとめて無駄になっていたわけだ。

私の前に、同じところで止まった人間が十分な数いたということでもある。少し安心した。安心したところで丸は閉じない。

閉じきらない丸を書き散らした机
壁の影だけは、一筆で閉じている

この日いちばん難儀したのは丸ではなく縁取りのほうだった。壊れたものを線でぐるりと囲むと元に戻る筆しらべがある。囲んだつもりが囲めていない。何度目かでようやく縁取りらしい見た目になってきて、そこで初めて自分の線が形になり、指の側に上達が乗ったのが分かった。ここは面白い。ただし上達があるということは、その手前に、上達しきるまでの時間が要るということでもある。

ぐにゃぐにゃ喋る神様が、真面目な話をしている

もうひとつ引っかかったのが声だ。登場人物の台詞は意味のある言葉としては読み上げられない。言葉っぽい音をぼそぼそ鳴らす方式で、耳のなじみで言えば、どうぶつの森のあれに近い。低音でぼそぼそやるので、音量を絞ったまま遊んでいると、音の粒がそもそも聞き取りづらい。

財布に入れりゃ金運アップも夢じゃねえ。

画面にはそう出ている。耳から入ってくる音は、その軽口とまるで噛み合っていない。軽口には軽口の音があるはずで、真面目な話には真面目な音があるはずだ。ぐにゃぐにゃ方式はそこを1本の帯で塗ってしまう。世界の側は真剣に滅びかけているのに喋りだけがずっと同じ調子で流れていく。この作品の絵は墨と和紙でできていて、輪郭も背景も、そこは最後まで徹底している。声だけが、どこか別のゲームから借りてきたように鳴る。

ただし犬の鳴き声はリアルだった。あれは本物の犬の音がする。携帯機はイヤホンを挿さなくても、音が耳のすぐ近くで鳴るから、こういう1音の良さが素で届く。私は普段、イヤホンをして音楽をかけながら遊んでいて、この日はそれをやめた。やめて正解だったのは犬のところだけである。

Vジャンプの犬は、まだ描かれている

犬が主役のゲームには需要がある。そう思った瞬間に、まるで関係のない扉が、頭の中で開いた。

犬マユゲでいこう。Vジャンプに載っていたあれだ。作者の名前が出てこない。石塚なんとかだったはずだ。あの人はこれ、絶対やっとるやろ。犬が墨で絵を描いて世界を救うゲームが出て、それを見逃す人ではないだろうという、こちらの勝手な確信である。

調べた。石塚2祐子。連載開始は1994年8月で、いまも続いている。単行本は2025年にも出ていた。あの漫画が30年以上ずっと同じ雑誌で描かれ続けていた事実のほうが、私にはよほどこたえた。5回描いて丸ひとつ閉じられなかった人間が言うのもなんだが、続けている人は本当に続けている。

セーブは、こちらの都合では置かれていない

ここからは相性の話になる。この作品は3Dだ。私は2Dで育っていて、3Dの遊びのほうには、強く惹かれたことが正直あまりない。それを差し引いても絵の粗さは目についた。人も建物も輪郭がカクカクしていて、動きのほうも大づかみだ。攻撃を出しても当たったのか外したのかがはっきり返ってこない。急に方向を反転させたときのカメラの振れが速すぎて画面のどこを見ればいいのか一瞬わからなくなる。長く続けたら疲れそうだなと思った。

カメラそのものは自動で切り替わってくれる。進む先には矢印まで描いてくれる。道に迷った私を助ける気は、作り手の側に確かにある。助ける気があったうえで速い。

そして決定打がセーブだった。セーブは決められた場所でしか置けない。中断したい場所と中断してよい場所が一致しない。

私がDSを開くのはたいてい15分あるかどうかの隙間で、そこから前回の続きを思い出し、セーブポイントを探して走ることになる。子どもが寝たあとに始めて、気づけば日を跨いでいる夜が、まれにあるだけだ。セーブポイントまで走るためだけに残り時間を使い切る夜がこの先も続くのは目に見えている。腕の問題ではない。丸が閉じないのは腕の問題だが、こちらは腕を出す前の話だ。この作品が求めているのはまとまった時間を差し出せる私であって、いまの私はそれを持っていない。

時間切れで席を立つ深夜の机
間に合わせるつもりだったのは、影のほうだけである

正直に書く。いまのところ続きをやろうという気持ちが出てきていない。おそらく名作なのだろうという感触はある。前作を遊んで手応えのあった人になら、間違いなく効くはずだし、犬が好きな人間にはたまらない中身だとも思う。それを分かったうえで、私はいったんここに置く。


総評

筆しらべは慣れるほど指の側に上達が積もっていく仕組みで、縁取りが形になった瞬間の手応えが、その何よりの証拠になっている。あそこまで行けた人には別の景色が見えているはずだ。ただしそこへ届くまでの助走が長い。長い語りで始まり、道を覚え直し、決められた場所でしか中断できない。15分ずつ切り売りして進める大人ではなく、腰を据えられる人へ向けて設計されている。

推奨アクション: 前作『大神』を遊んだ人と、犬が主役というだけで手が伸びる人は買っていい。ただし最初の1回だけは、30分以上まとまった時間を確保してから、電源を入れてほしい。冒頭の語りと丸の練習で隙間時間はきれいに溶ける。

空に丸を描くだけの仕事を、私はまだ終えていない。


いま『大神伝 ~小さき太陽~』を遊ぶには

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