星のカービィ ウルトラスーパーデラックスの基本データ
スーパーファミコンの『星のカービィ スーパーデラックス』を、ニンテンドーDSで作り直した1本である。以下は当時さんざん遊んだ側の人間が、10数年ぶりにリメイク版を触った感想だ。まずは素っ気ないデータから。
| タイトル | 星のカービィ ウルトラスーパーデラックス |
| 機種 | ニンテンドーDS |
| 発売日 | 2008年11月6日 |
| 発売元 | 任天堂 |
| 開発 | ハル研究所/任天堂企画開発本部 |
| ジャンル | アクション |
| 当時価格 | 4,571円(税別) |
| 原作 | 星のカービィ スーパーデラックス(スーパーファミコン/1996年3月21日) |
原作にあった「はるかぜとともに」「洞窟大作戦」といったモード群に、DS版では「大王の逆襲」「メタナイトでゴーDX」「ヘルパーマスターへの道」「真・格闘王への道」が足されている。ムービーは3Dになり、通信で2人プレイもできる。順当な作り直しだ。
で、その順当な話は、この記事にはあまり出てこない。
正直に告白する。このソフトを起動して私が真っ先にやったことは、石を飲み込んでボタンを連打することだった。ステージを進めるためではない。マッチョを出すためである。
マッチョが出るまで、私は坂を探していた
ストーンというコピー能力がある。飲み込むとカービィが石に変身し、そのまま落下して下にいるものを潰す。地味な能力だ。ところがこの石、変身するたびに姿が変わる。ただの岩のときもあれば、やたらと筋肉質な石像になることもある。マッチョである。私はあれが出したかった。
出したところで、何も起きない。攻撃力が上がるわけでも、隠し扉が開くわけでもない。ゲームの進行には、一切関係がない。
それでも小学生の私は、ステージの途中で立ち止まって連打していた。石になっては戻り、石になっては戻る。攻略でもレベル上げでもない、完全に無報酬の作業だ。しかも目的はもう1段しょうもなくて、マッチョは斜面に乗るとポーズが変わる。あの体勢のまま坂をスーッと滑り落ちていく画が見たかった。だから連打する場所は坂の上と決まっていた。坂を探して連打し、外れたらまた連打した。
あれに何時間を注いだのか、いま計算する気にはならない。当時の私には無限に時間があり、その無限を、丸い石とマッチョの間を往復するためだけに使っていた。
そして、たまに出る。
出た瞬間、私の指は止まらない。連打の勢いのまま、もう1回押している。解除。あのまん丸のカービィに戻る。坂はそこにあるのに、滑り落ちるべき筋肉はもういない。
出た。——そして、すぐ戻した。
ちなみにこの石像、マッチョ以外にもある。サムス像とマリオ像だ。体感ではマッチョよりさらに出にくく、拝めた日は兄弟や友達と揃って騒いだ。何度も言うが、ゲームプレイ上の意味はゼロである。それでも、あれが出た瞬間の部屋の空気だけは、30年近く経ってもはっきり思い出せる。
意味のない要素にこそ全力を出せるのが子どもで、たぶん作り手はそれを知っていて仕込んでいる。よく考えられている、と今になって思う。
体は覚えていた。目は何も見ていなかった
スーパーファミコン版は、それこそ隅々まで遊んだ。だからリメイクを起動するにあたって、私の関心はほぼ1点にあった。どこに違和感が出るか。3Dの表現が入り、要素も足されている。覚えている構成と目の前の画面が、どこでずれるか。それを探しに行くつもりだった。
結論から言うと、まず音ではずれなかった。「はるかぜとともに」を始めた瞬間のBGMに、違和感がまるでない。スーパーファミコンのスピーカーから鳴っていたものと、同じ曲が同じ顔で鳴っている。ステージの構成も、体の方が先に反応する。この先に何があるか、指が知っている。
ところが、オープニングで手が止まった。
見覚えがない。何ひとつ。お立ち台のような場所にカービィが立っている画があるのだが、これが原作と同じなのか作り直されたものなのかすら判断がつかない。理由は単純で、当時の私はオープニングもエンディングも全部スキップしていたからだ。始まる前からボタンを連打。終わっても、しばらく連打。それがマナーだと思っていた。
つまり私は、この作品をやり込んだと言いながら、オープニングもエンディングも、ムービーを1度も見ていない。
記憶の怪しさで言えばもうひとつある。序盤に出てくる青と赤の敵を、私は長らく「ココ&ナッツ」という名前だと思い込んでいた。今回あらためて見て、多分違う、と思った。多分違うのに、30年その名前で呼んでいた。
満タンでなければ、ソードはただの棒である
コピー能力の好き嫌いは、当時からはっきりしていた。そして今回触り直しても、順位はほとんど動かなかった。
まずソード。これが好きになれない。体力が満タンのときだけ、剣先からビームが飛ぶ。逆に言えば、1度でも被弾したら飛ばない。そして実際のプレイ時間のうち、満タンでいられる時間は驚くほど短い。飛ぶ状態を基準に性能を考えてしまうから、大半の時間は「本来の性能が出ていない剣」を振り回している気分になる。原点はビームの出ない状態のはずなのに、こちらの物差しが勝手に上を向いてしまう。
その点、カッターは気持ちがいい。とくにカッターめったぎり。あれだけ勢いよく飛び上がって、真下に叩きつける。動きの派手さでいえば完全に必殺技の顔をしている。ダメージは、ご愛嬌。見た目が強ければ強いのだ、という小学生の判断基準を、私はいまだに捨てられていない。
この作品のコピー能力が偉いのは、ひとつの能力の中に技が何本も入っていて、しかもその役割がきれいに散らばっているところだ。範囲を薙ぐ技、まっすぐ突っ込む技、上下をカバーする回転、そして近づいての投げ。どれかひとつが突出していないから、どの能力を持っても自分なりの型ができる。小学生の頃に体で「これは使える」と感じていた理由が、いま見ると設計として説明できてしまう。
ホイールも面白い立ち位置だ。あれはカービィが持つより、ヘルパーのウィリーに持たせた方が強い。しかも背中に乗れる。私の中でホイールはカービィの能力ではなく、ヘルパー用の装備という扱いになっている。
食べる。以上。
クックの能力については、いま見ても手が止まる。
発動すると、画面の中にいる敵がまとめて鍋に放り込まれる。そして料理になる。カービィはそれを食べて体力を回復する。食べる。以上である。
手順を文字にすると、なかなかの所業だ。さっきまで歩いていたものが、1手で食材になり、次の瞬間には栄養になっている。斬新で、そして正直なところ残酷でもある。
それでも画面の前の子どもは、誰も残酷だとは思わない。鍋が出てきて、湯気が立って、おいしそうな絵になって終わる。この処理を可愛らしさで最後まで押し通せるのが、このシリーズの本当に恐ろしいところだと思っている。念のため言うと、これは全部褒めている。
ヘルパーの知能は賢くない。それでいい
この作品の核はヘルパーだ。吸い込んだ敵を仲間にして、一緒に戦わせる。ひとりで遊べば操作するのは自分だけだが、2人いれば片方がカービィ、片方がヘルパーを持つ。
ヘルパーの動きは、はっきり言って賢くない。狙ってほしい相手を狙わないし、こちらの意図とは無関係な方向へ飛んでいく。でも、それぐらいでちょうどいい。賢すぎるヘルパーは、こちらの出番を奪ってしまう。多少間の抜けたものが横で跳ねている、あの感じが正しい。
当時の私は、ほぼ常に2人で遊んでいた。だから正直に言うと、道中で苦戦した記憶がほとんどない。ヘルパーは何度でも復活するし、詰まりそうな場面は誰かがどうにかしていた。難易度が低いのではなく、こちらが2人だったのだ。実際、小学校の低学年でも十分に手が届く手触りで、その調整はこのシリーズが目指しているものと噛み合っている。どこでダメージを受けないよう気をつけるか、といった意識を持った覚えもない。ただ前へ進んでいた。
そして今回、ひとりで動かしてみて分かった。寂しい。画面はきれいで、ステージも懐かしくて、それでも隣で騒いでいた声がないぶん、当時ブラウン管に映していた画面よりずいぶん小さくなったにもかかわらず、同じ場所がやけに広く感じる。これはワイワイ言いながら遊ぶゲームだった、と体の方が先に思い出す。
DS版の2人プレイには条件がある。通常のアクションモードを2人でやるにはDSカードが2枚、つまりソフトが2本必要になる。ただし「2人ではるかぜ」と追加されたサブゲームはダウンロードプレイに対応していて、こちらはソフト1本でも遊べる(本体は2台いる)。ここを知らずに「2人でやるならソフト2本」と決めつけると、遊べる範囲を狭く見積もることになる。
とはいえ本編を2人で通そうとすれば、やはり2本だ。当時の新品価格を思い出すと、兄弟でソフトを2本そろえるという選択肢は現実には存在しなかった。セーブの枠は分け合えたのに、遊ぶ権利は分け合えない。友達がたまたま持っていれば成立する、その程度の運任せだった。中古が1000円を切っている今の方が、あの頃よりよほど条件がいい。
総評
触り直してはっきりしたことがある。このリメイクは、原作に対してかなり忠実だ。構えていた「違和感探し」は、ほとんど空振りに終わった。完全版というより、名作を次の世代の本体でもう1度遊べるようにした1本、という手つきに見える。
推奨アクション: 当時遊んだ人は、まずDS本体(もしくは3DS)が動く状態かを確認するところから。可能なら本体2台とソフトをそろえて誰かと遊べる形にすると、このゲームは本領を出す。当時を知らない人がひとりで始めるなら、追加モードに手を伸ばす前に「はるかぜとともに」を1本走らせてほしい。あの音が鳴った瞬間に、思い出す側の人はだいたい決着がつく。
あの連打に費やした時間を、無駄だったとは思っていない。意味のない要素にこそ本気になれるのが子どもで、その記憶だけが妙な鮮明さで残っている。そして30年後、いい大人が、また坂を探している。
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